チャリの話してて何やけど。

今日はチャリで京都市内を、南は古今烏丸から、北は、恵文社・G書房まで走り回る。最近チャリの調子が思わしくない(思わしくないなんて言葉、初めて使った。。。)。以前左ペダルがはずれて以降、何度も自転車屋に持っていってるものの、はずれ癖(骨が脱臼した的な?)がついてるのか、ちょっと長距離移動するとはずれそうになってくる。それに、数日前は、前輪の空気を入れても入れてもすぐ抜けるのでおかしいなと思ったら中のむしゴムがちぎれてたみたいだし。今日気付いたけどライトの電球も切れてやがる。今乗ってるチャリは、10年は経ってないけどまぁまぁ乗り倒してるので、箇々に痛みがきてる。ちょこちょこメンテナンスが必要みたい。絵と一緒でアナログタイプの人間だし、チャリンコ大好きなので、今これがなくなると非常に困るな。なので大事に乗らねば。

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お蔭様で。

本来なら今日が最終日だったんですが、お蔭様で大好評につき?5月31日まで期間延長になりました。ここまで3週間アッちゅう〜間でしたが、いつも個展最終日になると、もう終っちゃうのかぁ〜と寂しい感じになるのですが、今回はその感覚からプラス1週間!っていう、何か得したような凄い嬉しいですね。去年の服のポケットからお金が出てきたような感じ?そんなん一回もないけど。。。(絵の締切りとかも、「ハイ!実はあと1週間!」とかなら凄い嬉しいのにね。)で、今日は夕方くらいにちょろっと顔を出す。最終日だと思った方が駆け込みでぞろぞろ来てくれる。ある人は電話で「すいません、行けませんでした。。。」とわざわざ連絡頂けるが、延長のことをいうと来れるようになり、いや、延長してよかったです。というわけで、Tシャツですが多分明日あがってくる予定だそうです。明日列べ〜のなので明後日には完璧だと思いますが、これまた予定なのでどうなるか。。。詳しくは追って!
ちなみに、”2006.4.6”のmemo(blog)の髪は、この人のでした。

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サンプル1(2000年 148×100mm)

なぜ、似顔絵を描かなくなったかという話(1)
僕は以前(5〜6年前)路上で似顔絵を描いてたことがあるのですが、個展をしているとその当時似顔絵を描いた方も来てくださいます。実際に当時の絵を持ってきてくれる方も多く、今でもその絵を大切にしてくれてて凄く嬉しいです。が、5〜6年前の絵を今見るってのは中々恥ずかしいものがあります。女優として活躍してる人が昔のアイドル時代の恥ずかしい映像なんかを見せられるような感じだろうか?もちろん嫌とかではなく、嬉し恥ずかしな感覚だ。僕が似顔絵を辞めてから5年以上になるのだけど(過去の個展で1日だけ期間限定で似顔絵を描いたりしてましたが)、今でもたまに「もう似顔絵は描かないんですか?」と聞かれることがある。そのたびに「ゴメンナサイ。今はもうやってないんですよ。」と答えてるのですが。多分それを聞いた方は、「あぁ、もうイラストとかの仕事してはるから描かはらないんですね。」的な感じで思われるかもしれませんが、そうではない。もちろん、当時「川村淳平って知ってる?」ってなった時に「あぁ、アノ似顔絵の人やろ?」ってイメージがついたら嫌なので辞めたというのもありますが、それだけではない。その、何で似顔絵を描かなくなったかの話をします。下の絵は、当時見本として列べていた絵。ハガキサイズの紙にコピック(筆ペン状のマーカー)で全部描いています。
コピックのインクは、ご覧の通り非常に滲む(にじむ)性質がある。背景やほっぺたなどグラデーションにしたい場合は、その滲みが有効的に働きます。が、諸刃の剣で当然ながら、輪郭線など滲んでほしくない部分も潰れてしまいます。。。なら、滲んで欲しくない輪郭線は滲まないペンで描けばいいじゃんか!となりますが(ま、もちろん今はそうしてますが。)それだけではすまない。深い色を出したい時は何重も何重も塗り重ね(重複?重々複?)て色を出す。絵の具はどっちかというと紙の上に”のせる”(種類や技法により異なるが)という感じだが、コピックはマーカーなので紙に”染込ます”という色の出しかたなのだ。したがって、どんなけマスキングテープで塗ってる隣の面をガードしようが、紙の内部から余裕で隣の違う色の面まで染込んでいきよるわけです。なので現在”切り絵”にしてるのは、それを防ぐためって理由もあるのです。今は切ればいいので、何も気にせず何重も何重も塗り重ねる(重複?重々複?)ことが可能になりました。そういう風に、通れなかった道を何とか違う方法で、違う道で向こう側に行けた時に、新しい技法が生まれるのではないかなと日々思うわけです。

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サンプル2(2000年 148×100mm)

なぜ、似顔絵を描かなくなったかという話(2)
しかしながら、その切る作業を道端でやろうもんなら一人5〜6時間では効きません。当時の似顔絵(下の絵なんか)は15〜20分位で仕上げてたのですが。当然ながら、現在の切り絵的なのは何度も何度も気に入るまで切っては貼り切っては貼りと納得がいくまで完成度を高めていくモノですし、似顔絵の方は下描きなしの1発勝負(失敗したらまた一からやり直しますが。)なので、綱渡り的な即興のモノでどうなるか分からないライブなモノ。仕上がり的にも感覚的にも別モノで比べるモノではないのですが。しかし、切り絵の方がより良いモノが出来ていくと、似顔絵の方の絵が非常に荒く見えてきて「こんな荒いの、よぉ人に渡せんは!!」となってきました。武藤敬司が調子悪い時に、グレート・ムタの方が調子が良かった的な感じだろうか?いや違う?マスクマンが試合中に自分のマスクを脱いで相手に投げ付け、素顔でいくと決意したような心境?マスクマンじゃないからそんな心境分かりませんね。。。話戻って、、、「おいおい、誰もそこまでの描き込みを求めてへんがな!前みたいなタッチで、ちょちょっと描いてくれたらいいんだよ。」と言う方もいるかもしれませんが、どうにもこうにも、その荒さが自分的に許せなくなり辞めました。けど、この似顔絵の方の滲みなんかも”味”っていうか、おもしろい風合いなんで嫌いではないんですけどね。共に愛着はありますから。
これは、多分ビンセント・ギャロを軽く意識してたんだと思うけど、他のサンプルの絵はとくに特定のモデルは(有名人とかのサンプルは置いてなかった。)いるわけではありませんでした。似させることよりも、絵的にイイ感じになることを追求してたので。

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比べると。。。

なぜ、似顔絵を描かなくなったかという話(3)
ちなみに、列べてみたら違うでしょ?
(上)が似顔絵のタイプ。(下)が現在の切り絵のタイプ。
上の方は滲みまくってるでしょ。もちろん、描いた年代は違いますけど、上と下の絵の描いてる顔のサイズは、ほぼ一緒くらいです。「私は、どっちか言うたら滲んでる方が好きかな。」ってひねくれたこと言う人がいるかもしれませんが、あくまで”別モノ”ですから。それに、あくまで、今まで世に出した似顔絵を否定してるわけではありませんから誤解しないで下さい。当時としては最高のモノを描いていると信じてやってましたし、当時の短時間で人数を描きつつ描き込みは落とさない!としてたのが、いらない線が排除され必要な線だけが残り、それが自然のデフォルメになって、今の人物の描き分けや画風につながってるんだろと思いますし。なので今、似顔絵を残してもらってる方は、これからも大切にしてもらえると嬉しいです。な感じなので、(即興での)似顔絵は描かなくなりました。ホント、”心理的に”ってのではなく、”テクニック的に”ってだけの話なんですけどね。。。今だから言える話(まだ言っちゃダメ?)、去年のfunky market(FM802主催の大型フリマ)で何年か振りに似顔絵をやったのですが、途中で「ダメだ!!」っと打ち切ったのは、そういう理由でした。。。来てくれた方1年越しのゴメンなさい。(※もちろん描いた方は、その時の全力で描いてますので、ご了承を!)

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